小鳴門筋へ…白いゴム長がよく似合う!
18年前の2006年晩秋、釣り以外の取材を敢行した。昔“地魚ブーム”というのがあって、味覚をメインにした情報誌がこぞって魚料理の特集を組んでいた。あの角川書店もしかり、『関西大人のウォーカー』という雑誌だ。そこで魚に関しては面白い編集プロダクションがあると、わがフィッシング・ブレーンに白羽の矢が立ったのだ。
釣り雑誌の編集部が大手出版社の情報誌のお手伝いができるのはうれしい限りだった。その企画会議で鬼才という釣り師の凄さを語ったら一発でOKが出た。釣りのワザも天下一品だが、食を語ってもらったら特に魚に関してはその辺の料理研究家やグルメ評論家は舌を巻くでしょうと…。とにかく自分で釣って自分で料理していただく。当然魚は超新鮮なのはいうまでもない鬼才の姿勢が印象的だったのだろう。
しかし取材当日。ピンポーン…出ない!? 鳴門の松田邸は留守だった。こまった! 角川の編集者とカメラマンそしてライターとしての僕は呆然。約束していたのに…鬼才に電話する。「おっ、来たんか。いまシャワー浴びて会社におるぞ」。やはり釣り以外でも何かが起こる! これには角川のメンバーも驚きを隠せないようす。こんなことは釣りの取材ではしょっちゅうですよ、と僕。
自宅へ戻った鬼才は小アジ釣りの用意。グレ釣りにはない軽装で登場、白いゴム長がよく似合う? 自宅の裏にある小鳴門筋のイカダに渡ってサビキ釣りを楽しむという算段、当然食の取材なので料理もあり…、さてどんな取材になるのやら…!?
釣った魚と網で獲った魚は違うんや
小アジは絶好期なので10㎝オーバーが入れ食い! そこそこ釣ると小アジをさばきだした鬼才。手際は素早い。あっという間に背開きにしてうす塩をして、なんとサビキ仕掛けを利用して1尾1尾を干す。「今日は天気がええしええ風が吹いてるから天日干しが最高よ」と干物は気持ちよさそうにそよ風に揺れていた…。
「釣った魚と、網で獲った魚は決定的な差がでるなあ。網で獲った魚ちゅうのは、ゆっくりと弱って死ぬから身がべちゃーとなってる。釣った魚は一尾一尾を即ナイフで締める。そうしたら身が引き締まるんですわ。小アジも釣ったらすぐに氷ジメにするな。小っこい魚でもシメることが大事やな」
鬼才にとってはごく当たり前のことが角川のスタッフには新鮮に感じ取れるようだ。しこたま小アジを確保して昼過ぎに自宅へ。
「魚の味を決めるんは、脂もあるし、時期もあるし、獲り方もあるけど、獲れる場所も絡んでくるな。水温の高い所は味が大ざっぱ。そやけど低い所は越冬に備えて脂を蓄えようとするから旨い。瀨戸や海峡が有名やけど、潮が速いところも旨い。それは速いほうがよく動くから筋肉が発達して身が締まるからですわ。人間も魚もぼやぼや~ではイカンのやなあ。それと津軽海峡は太平洋と日本海からの潮がぶつかる場所、潮の速さもあるがエサも豊富なんや。それで大間(青森県)のマグロは特級品になるんやな」
なるほどと声をそろえる角川のスタッフたち。鬼才のうんちくに感心の念である。その他、魚の味に関する話はマシンガンのように続いた…。
刺身にワサビはごまかしなんや
夕方になって「旨いもん食わしたる!」と近所のスーパーへ出かけた。「釣りに行かんときは近くで魚を買うなあ。今は昔と違って流通が変わったと思う。スーパーでも鮮度のええ店もある。一尾もんやったら目を見る。当然シメてるもんで目がプリッとしたもんを選ぶ。店先はきれいに見えるようにしてあるけん、切り身なんかは照明から外して見極めたらええ。血合いが黒いようなのは古いな…」
スーパーで買ったのはヨコワ。手際よく一気に裁かれて、まずは刺身。そして自家製ゆず酢が最高の醤油漬け。さらに自分で仕込んでマイナス50℃で冷凍していた宮城産サバのきずし。最後は身を軽くあぶってゆず酢、おろし生姜、醤油、青ネギであえたピリッと辛みが効いた特製ヨコワの焼き切りが出来上がった。
「アカンぞ。刺身にワサビ付けたら。ワサビがごまかし。新鮮なもんにはいらん。それと最初はやっぱり刺身がええけどな、飽きてくるで、それでいろいろ考えるんですわ。料理は全部我流よ。そやからしくじってマズイもんもできる。旨いもんができたら、今度はヒラマサでやろか、とか、ゆず酢を足してみたろか、考えて自分の好きな味に仕上げていくんですわ」
半端ではない酒豪の鬼才がそれを肴に呑み出した。知らぬ間に絶好調になってきている。
「生でない料理やったら干物か煮付けが一番。日本人の主食いうたら昔から米と野菜と魚。毎日食べても飽きんやろ。干物とか煮付けは米によう合う。日本人が、なんぼ肉が好きやいうたって、最後は魚にいくわ。全国に釣り仲間がおるんですわ。みんなエエヤツで全国から旨いもんが届くんよ。それは魚だけではない桃やらサクランボやらいっぱい送ってくるんよ」
と、いう感じで取材は夜遅くに終わった…。角川のスタッフは魚の味に関するうんちくの多さや自ら釣って料理を楽しむ鬼才に感動したようだ。何より人間味のある姿に引かれていくようだった。